「通勤手当」を支給している企業も多いですが、その法的性質や支給義務の有無はあまり意識されていないかもしれません。この記事では、「通勤手当」の法的基礎知識を解説し、変更や廃止をする際の注意点などを解説します。

「通勤手当」ありますか?

会社から従業員に対しては、給与のほかにも様々な「手当」が支払われていることがあります。

その最たる例として、「通勤手当」が挙げられます。

ただ、ひとくちに「通勤手当」と言っても、実は、企業によって「支給する」「支給しない」という制度の違い、「いくら支給する」など支給基準や支給金額の違いなどが存在しています。

以下では、そんな「通勤手当」に関して法的な基礎知識をまとめていきますので、実務の参考にして頂ければと思います。

そもそも通勤手当には支給義務があるのか?

数ある手当の中でも、通勤手当については、かなり多くの企業で実際に支払いがされているのではないでしょうか。

中には「正社員であれば当然通勤手当は支給されるはずだ」と考えている方もいるかもしれません。

しかしながら、実は通勤手当の支給については、法律上の義務ではありません。

労働関係の法律というと、労働基準法が細かく規定していますが、「通勤手当」を支払いなさいという条文はありません。

つまり、「通勤手当」というのは、あくまで会社側が自主的に制度として設けているものであって、従業員に対して法律上必ず支給しなくてはならないものではないということです。

ただし、話はこれで終わりません。

雇用契約書、就業規則、給与規程等によって、通勤手当を支給することと、その支給基準が定められている場合には、通勤手当の支払いは、会社と労働者との間の労働契約の内容となります。

つまり、契約上の義務ということです。

そのため、会社側が勝手に通勤手当を不支給にするということは契約違反となり許されないということになります。

したがって、「通勤手当」の支給については、原則として法的義務はありません。

支給の制度を採用するか・しないかは企業側の自由ということになります。

ただし、通勤手当の制度を採用し、労働契約の内容として通勤手当の支給が定められている場合には、契約上の義務が生じるということになります。

通勤「手当」なのに「賃金」?

ところで、このような「通勤手当」ですが、労働基準法の中では「賃金」に当たるとして整理されています。

「通勤『手当』なのに『賃金』なのか?」と疑問に思われる方もいらっしゃると思いますので、以下少し解説します。

「賃金」については、労働基準法に定義規定があり、「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」(第11条)いう風に定められています。

そもそも、会社(使用者)と従業員(労働者)との間の契約は、労働契約・雇用契約です。

この契約に基づき、従業員は会社に対して労働力を提供する、すなわち仕事をするわけですが、従業員は「仕事をする場所」に行かなければ仕事をすることができません。

そのため、出社をするわけです(テレワークの場合は、自宅等が仕事場となるのでややこしいですが、「仕事をする場所」へ赴いていることに変わりはありません。)。

つまり、原則として、通勤は従業員(労働者)側が負うべき負担であり、その費用も従業員側が負担するべきものであるということになります。

これを前提に、会社が通勤手当を支給する制度を採用していた場合には、これは従業員が出社をして仕事をしてくれるからこそ支給されるお金ということになりますので、「労働の対償」ということになり、「賃金」に当たるというわけです。

ただし、労働基準法上の「賃金」に当たるといっても、やはりお給料とは性質は異なりますよね。

そのため、例えば割増賃金の時間単価を計算するときの基礎賃金からは除外されますし、最低賃金を考える際の「賃金」の計算からも除外されます。

このように、その性質を鑑みて制度によっては調整が図られているわけです。

ちなみに、通勤手当と少し似たものに「出張旅費」がありますが、これは、企業がその業務を遂行する(させる)ために負担する業務費として整理されます。

つまり、従業員側ではなく会社側が負担するべき費用ということですね。

そのため、これを立て替えた従業員に支払いをすることは、単なる清算であり、「労働の対償」とはいえませんので、「賃金」には当たらないとされています。

通勤手当を変更・廃止するには?

さて、通勤手当が労使間のトラブルとなりやすいのは、やはり通勤手当の支給について何らかの変更をしたり、そもそも通勤手当を廃止したりする場面かと思います。

通勤手当の制度変更や廃止は企業側の一存で自由にできるものでしょうか?

答えは「NO」です。

上記でも説明したとおり、通勤手当の制度を採用した場合には、通勤手当の支給は労働契約の内容となります。

契約の内容を自由に一方的に変えることはできない、というのはビジネスとしては当然の考え方ですよね。

そのため、例えば、従業員との間で個別に通勤手当の支給を合意して労働契約を締結していたような場合には、当該従業員との間で支給の変更または廃止について合意しなくてはなりません。

ほかにも、合意を得るやり方としては、例えば労働組合がある場合には、労働組合との間で労働協約を締結し、通勤手当を変更・廃止することも考えられます。

それでは、就業規則や給与規程などによって、通勤手当を支給していた場合にはどうでしょうか。

就業規則の変更については、労働契約法第10条が定めを置いています。

労働契約法第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。


引用元 https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128

この条文に書かれている内容は、ざっくり分けると、①変更後の就業規則を労働者に周知すること、②就業規則の変更が合理的なものであること、の2点です。

この内、重要なポイントはやはり②の「合理性」になります。

条文は、

・労働者の受ける不利益の程度
・労働条件の変更の必要性・
・変更後の就業規則の内容の相当性
・労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情

の4つの事情を総合的に考慮して、合理性があると言える場合には、上記のような個別の合意を得なくとも、就業規則を変更して労働条件を変更することを認めています。

さて、これを通勤手当の変更・廃止という観点から検討するとすると、まず、制度の変更・廃止によってどの程度従業員にデメリットが生じるかということが重要になってきます。

すなわち、「賃金」の減少幅が多いのか・少いのかということです。

段階的に進める経過措置や、基本給の引き上げなどの代替措置を講じることも考えられますね。

次に、通勤手当の変更・廃止のねらい、すなわち会社側が受けるメリットや変更・廃止の必要性の強弱が問題となります。

例えば、人件費削減を目的に通勤手当を減額したケースで、カットできた金額は会社にとってはそれほど大きな金額では無かった場合には、従業員の負担ばかりが大きくて合理的では無いと判断されることもあるでしょう。

それから、変更後の制度の内容も重要となります。

例えば、定額支給だったものを実費支給に切り替えるという場合には、支給金額を実態に合わせるという意味で一定の相当性があるように思われます。

最後に、それまでの交渉や議論の経緯なども考慮されることになっています。

特に労働組合があるにも関わらず、組合側ときちんと協議しないまま就業規則の変更を進めることは避けなくてはなりません(なお、労働基準法第90条では、労働組合または従業員代表者から意見聴取する義務が定められています。)。

上記に挙げた観点や事情は一例ですが、こういった事情を総合的に考慮して、合理性があるかどうかを判断することになります。

通勤手当の変更に関する裁判例

最後にひとつ、通勤手当に関する裁判例を紹介します。

東京地判平成30年10月24日の事件では、「通勤経路が2つ以上ある場合には最も経済的かつ合理的な経路」により通勤手当を算定するとの給与規程がありました。

ただし、この「最も経済的かつ合理的な経路」について、具体的な定義や考え方、経路の決定の仕方などは定められておらず、また、「最も経済的な経路」と「最も合理的な経路」が異なる場合にどちらが優先するかという点も定めがありませんでした。

裁判では、この従業員の採るべき通勤経路として、従業員側は所要時間が最も短い経路を主張し、会社側は交通費が最安値の経路を主張しました。

なお、2つの経路の差については、前者は後者より(3ヶ月定期券の代金を比較して)1万円以上安く、後者は前者よりも10分程度早い経路だったということです。

このケースに対し、裁判所は、ざっくりまとめると、10分程度のために1万円以上も高い経路を選択することは「最も経済的かつ合理的」とは言えないとして、従業員側の主張は採用できない旨、判断しました。

早い方が優先・安い方が優先というわけではなく、両者を比べてみて費用対効果的にどうかというところで判断したという側面もありますが、会社の運用として、「最も合理的な経路」が優先されている実態が無く、「『最も合理的な経路』が採用されるべきである」という従業員の主張が受け入れられなかったという点も大きかったものと思われます。

この判決は、会社の運用実態なども考慮した事例判断ですので、全てのケースに転用できるわけではありませんが、「最も経済的かつ合理的な経路」によって通勤手当を算出する定めになっている企業も多いかと思い、紹介させて頂きました。

規定・運用のご参考になれば幸いです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

「通勤手当」については、支給するか・しないかは各企業の自由となっていますが、雇用契約書や就業規則等で支給することや支給基準等を定めた場合には、労働契約の一内容となり、契約上の支給義務が生じます。

そのため、勝手に不支給にすることは許されないのはもちろん、これを変更・廃止する場合には、個別の合意をとりつけるか、条件を満たすように就業規則等を変更する必要があります。

従業員(労働者)側からすると、通勤手当の有無や金額は、収入の増減に直結しますから、その金額の多寡にかかわらず、関心が高い事項かと思われます。

関心の高さは、何かすれ違いがあった場合に不満やトラブルに繋がるリスクが高いということでもありますから、月々数百円~数千円のことであっても、慎重に対応する必要があると考えらえます。

ぜひ、これを機に、貴社の「通勤手当」制度について一度点検してみてはいかがでしょうか。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 木村 綾菜
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