元従業員が、在職中に知り得た顧客情報や仕入先情報等を利用して、競合他社に就職して業務を行う、又は、自社と競合する事業を立ち上げて、自社を脅かす存在になるという事があります。このような場合に、会社として、元従業員に対して何か法的な請求はできないかについて、解説いたします。

元従業員による在職中に知り得た情報の持出し

1 元従業員に秘密を利用させない方法

退職後の元従業員に対して、会社の秘密を利用させないでおくためには、雇用契約書、就業規則、又は、秘密保持契約によって、契約上の秘密保持義務を課すという方法と、不正競争防止法に基づく秘密保持義務に基づいて秘密保持を守らせるという方法があります。
そして、これらの機密保持義務に違反した場合は、秘密保持義務に違反する行為をやめさせたり、損害賠償請求をする方法があります。

2 契約上の秘密保持義務

元従業員に対して、契約上の秘密保持義務を課すという方法ですが、裁判所は、契約によって元従業員の職業選択の自由や営業の自由を過度に制約してはいけないという考えを持っています。
そして、営業秘密が具体的に何であるのかを示さないような契約内容では、退職後の機密保持義務を裁判所が認めてくれる可能性は下がります。また、在職中に従業員が扱う情報が秘密であることが認識されにくいような情報の管理をしている場合もまた、裁判所が秘密保持義務を認める可能性が少なくなります。
ゆえに、従業員と締結する雇用契約書、会社内部で設定する就業規則、従業員との間で締結する個別の秘密保持契約書においては、従業員が退職後に守るべき営業秘密が具体的に何であるのかを例示する必要がありますし、従業員に対して扱う情報が秘密であることを認識させるような管理の仕方が必要になります。

3 契約上の秘密保持義務に関する裁判例

契約上の秘密保持義務に関する裁判例としては、下記のものがありますので、従業員とどのような契約を結ぶかを検討する上で参考にして頂くのがよろしいかと思います。

(1)ダンス・ミュージック・レコード事件

レコード、CD等のインターネット通信販売業を営む会社が、元従業員に対し、会社を退職した後、競合他社に就職し、在職中に知り得た商品の仕入先情報(仕入れ先の名前、住所、連絡先等)を利用して業務を行っていることは、会社及び元従業員間の秘密保持に関する合意に違反する等の理由で、損害賠償請求を行った事例です。

元従業員は、会社に対し、「業務上知り得た会社の機密事項、工業所有権、著作権、及び、ノウハウ等の知的所有権は、在職中はもちろん退職後にも他に一切漏らさないこと」、「私は、貴社を退職後も、機密情報を自ら使用せず、又、他に開示いたしません」と記載された誓約書を会社に提出していました。
そして、この裁判では、仕入先情報が、誓約書によって生じる契約上の秘密保持義務の対象となるのかが争点となりました。

裁判所は、「従業員が退職した後においては、その職業選択の自由が保障されるべきであるから、契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当である」と判断し、秘密保持の対象となる機密事項等について定義や例示がなく、いかなる情報が秘密保持義務の合意の対象となる機密事項等に当たるのかは不明であることや、従業員において仕入先情報が外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護されているということを認識できるような状況に置かれていたとはいえないこと等の事情に照らし、「仕入先情報が機密事項等に該当するとして、それについての秘密保持義務を負わせることは、予測可能性を著しく害し、退職後の行動を不当に制限する結果をもたらすものであって、不合理であると言わざるを得ない」と判断しています。

(2)ダイオーズサービシーズ事件

会社が、会社を懲戒解雇された元従業員に対し、会社と元従業員の間で合意した誓約書に定める秘密保持契約又は競業避止義務に違反して、会社の顧客を奪ったとして、損害賠償を求めたという事件です。

裁判所は、「労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反せず無効とは言えないと解するのが相当である。」と言及したうえで、誓約書に定める秘密保持義務は、①秘密保持義務の対象となる会社の重要な機密事項は、「顧客の名簿及び取引内容に係る事項」や「製品の製造過程、価格等に関わる事項」という例示があり、これに類する程度の重要性を要求しているものと容易に解釈でき、誓約書記載の「秘密」の範囲が無限定であるとは言えないこと、②当該情報は、原告にとって経営の根幹に関わる重要な情報であること、③元従業員は、当該情報の内容を熟知し、その利用方法・重要性を十分認識している者として、秘密保持を義務づけられてもやむを得ない地位にあったことなどの事情を総合すると、「本件誓約書の定める契約保持義務は、合理性を有するものと認められ、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である」と判断しています。

4 不正競争防止法に基づく秘密保持義務について

不正競争防止法は、営業秘密を保護しており、私的な利益を得る目的や、会社に対して損害を与える目的で営業秘密を使用したり、開示したりする者に対して、使用行為や開示行為の差止請求や、損害賠償請求を行うことを認めています。

ただし、不正競争防止法は、営業秘密について「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」という定義づけをしています(同法第2条第6項)ので、元従業員が情報を使用したり、開示した場合に、その情報が営業秘密であると認められるためには、下記の要件をクリアする必要があります。

(1)秘密管理性

情報が客観的に秘密として管理されていると認められる状態にある必要があります。
多くの裁判例においては、秘密管理性の判断にあたって、①当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できること(客観的認識可能性)の2つの要素が考慮されています。

そのため、対象となる情報へのアクセスについて、物理的・技術的・人的な制限を加える他、当該情報が秘密であることを明記したりする等して、当該情報が営業秘密であることをアクセス者に認識できるようにすることが重要です。

(2)有用性

不正競争防止法第2条第6項が例示する「生産方法」、「販売方法」のほか、顧客リスト・仕入れ先リスト、販売計画、新製品や研究開発の計画、実験データ、製造方法、仕様、プログラムのソースコード、経営計画、公表前の財務諸表等が挙げられます。

また、「有用」とは、「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用な情報」であることが必要であり、有用かどうかは客観的に判断されます。

(3)非公知性

「公然と知られていない」(非公知)とは、当該情報が一般的には知られた状態になっていない状態、又は、容易に知ることができない状態をいいます。当該情報が刊行物に掲載されていたりして公表されているような場合には、誰でも入手可能ですので、非公知性を備えているとはいえません。

5 まとめ

以上の通り、会社が従業員との間でどのような秘密保持に関する契約をしているのかや、従業員が扱う情報をどのように管理しているのかによって、元従業員が在職中に知り得た情報を利用した場合に同人に対して法的な請求ができるか否かが変わってきます。

よって、将来の事態にあらかじめ備えておくことが重要ですし、元従業員が在職中に知り得た情報を利用する事態が発生した場合には、上記の観点から法的請求が可能であるのか否かについて検討が必要になります。
そして、これらの問題についてお悩みの場合は、弁護士にご相談を頂いた方がよろしいかと思いますので、法律相談をご利用頂けますと幸いです。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 村本 拓哉
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