就業規則は会社(使用者)と従業員(労働者)との雇用契約関係についてのルールブックといえるものですが、その整備が万全にされているケースは極めて稀であるという印象です。
今回は就業規則作成の基本と注意点について弁護士の目線から解説をしていきます。

就業規則とは?

就業規則とは、会社と従業員との間の労働条件の具体的内容や従業員が業務を行う上で守るべき規律等をまとめた規則集のことをいいます。
就業規則は、職場に数多く存在する従業員の労働条件等を画一的に定めるものであり、個々の従業員との間で取り交わされる雇用契約書を補完(場合によっては修正)する役割を担います。

就業規則のあり方については、会社で定めるすべての規則を1冊の就業規則としてまとめてしまう場合、賃金や退職金といった重要な項目に関して基本となる就業規則とは別に賃金規程・退職金規程を作成する場合、従業員の雇用形態によって正社員用の就業規則、パート・アルバイト用の就業規則を作成する場合など様々なバリエーションがあり得ます。
いずれの形態をとる場合でも、従業員の労働条件等に関する規則の全体が就業規則と認識されますので、個々の規則の名称等はあまり重要ではありません。

すべての会社が就業規則を作成しなければならないのか?

法律上、すべての会社が就業規則の作成義務を負うわけではありません。
労働基準法は、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない」と定め、一定の規模を超える会社に就業規則の作成義務を課しています。

ここでいう「10人以上の労働者」は正社員以外の社員の人数を含めて判断されるため、正社員は少ないがパート・アルバイト社員が多いという会社についても就業規則を作成する必要があります。

作成義務を課されていない会社は就業規則を作成しなくてよいのか?

労働基準法の定めに従えば、常時10人以上の労働者を使用しない使用者は就業規則を作成する義務はないということになります。
しかし、会社と従業員との間の労働条件等について雇用契約書に網羅的に盛り込むことは現実的ではなく、仮に、就業規則を作成しないとすれば、会社と従業員との間で明確な定めのない労働条件が多く残るということになります。

会社と従業員との関係性が良好であるうちは曖昧な状態になっている労働条件等についてトラブルになることは少ないと思いますが、会社と従業員との関係性が悪化した場合や会社が従業員に対して従業員の不利益に働きうる行動をとろうとする場合、就業規則を作成していないことが会社にとってマイナスに作用することになります。

以下は、就業規則を作成しないことによる具体的な弊害の一例です。
・配置転換に関する定めを置いていないため、従業員に配置転換を命じることができない場合が出てくる。
・懲戒処分に関する定めを置いていないため、従業員が起こした非違行為に対して懲戒処分を持って対応することができない。
・残業代に関する定めを置いていないため、会社としては残業代を支払っているという認識であっても従業員に対して再度、残業代を支払わなければならない場合が出てくる。

会社と従業員との間に労働トラブルが発生した場合にまず確認される資料が就業規則です。
就業規則を作成していなかったがために会社として従業員との間でトラブルになっている労働条件等について会社に有利な判断をしてもらえず、従業員の請求が認められてしまうというケースは少なくありません。
転ばぬ先の杖として、法律上は就業規則の作成義務を課されていない会社についても自発的に就業規則を作成しておくことを強くお勧めします。

就業規則に記載すべき事項とは?

会社にとって就業規則を作成しておくことの重要性については既に触れたとおりですが、実際に就業規則を作成しようとする際、就業規則にはどのような事項を記載すべきでしょうか。

就業規則の記載事項は、以下の3つに分類されます。
就業規則を作成しようとする際には必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」
特定の制度を設けようとする場合には記載の必要が出てくる「相対的必要記載事項」
当該内容を記載するか否かの判断を会社に委ねている「任意的記載事項」

「絶対的必要記載事項」

労働基準法は、絶対的必要記載事項として、以下を定めています。
・始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交代に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
・賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
・退職に関する事項(解雇の事由を含む)

会社と従業員の労働契約の基本となる、労働時間、賃金、退職については、必ず、就業規則の中でルールを定めなければならないということになります。

「相対的必要記載事項」

労働基準法は、相対的必要記載事項として、以下を定めています。
・退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
・臨時の賃金等(退職手当を除く)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
・労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
・安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
・職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
・災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
・表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
・その他、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

退職金制度、懲戒制度等を設ける場合には就業規則の中でそれに関するルールを設ける必要があります。
なお、就業規則を作成しないことによる弊害という部分でも触れましたが、懲戒処分については就業規則における懲戒規定がその根拠となりますので、従業員に対して懲戒処分を行おうとする場合には就業規則に懲戒規定を盛り込んでおく必要があります。

「任意的記載事項」

任意的記載事項については労働基準法上に特段の定めはありません。
絶対的必要記載事項にも相対的必要記載事項にも該当しない事柄ということになります。
会社の理念、就業規則における各定めを設けた趣旨、各定めの解釈指針等を任意的記載事項として就業規則に盛り込むことがあります。

就業規則の内容を従業員の労働条件に反映させるための手順は?

就業規則は従業員との労働契約内容等を画一的に定めるために作成されるものですが、就業規則は会社が一方的に作成することが可能であるため、従業員に対する不意打ち的な運用を防止するという観点から、就業規則の定めを従業員の労働条件に反映するための手順として以下が定められています。

就業規則の内容が合理性なものか?

就業規則は従業員との労働契約等の内容を定めるものであるため、労働契約法において、就業規則に定める労働条件は合理的なものである必要があるとされています。
就業規則に定める労働条件が合理的なものであるか否かは、主として、当該労働条件を定める会社側の必要性の程度と当該労働条件により従業員が受ける不利益の程度のバランスで考えられ、そこに、他の法律に違反しないか、現在の社会情勢に合致するか等の判断要素が加えられます。
ただ、一般的な就業規則モデルを参考に作成をしているような就業規則では就業規則に定める労働条件の合理性が問題となるケースは少ないのではないかと思われます。

就業規則を従業員に周知しているか?

就業規則の内容が合理的なものであることを前提として、労働基準法は、就業規則に定める労働条件を従業員に反映させるためには、従業員に対して就業規則を周知しなければならないとしています。
周知という語は広く知らしめることを意味しますが、就業規則が従業員に周知されているかの判断にあたっては、従業員が実際に就業規則の内容を把握していることまでは要求されません。

会社として、従業員が就業規則を確認したいと考えたときに、いつでも就業規則を確認できるような体制にしておくことで周知の要件は満たされます。
従業員一人一人に就業規則を渡しておくという対応までは要求されておらず、従業員の全員が確認可能な事業所のロッカーに就業規則を並べておく、または、社内ネットワークに就業規則のデータを保管しておき、従業員にそのことを知らせておくという程度で足ります。

合理的な内容の就業規則が従業員に周知されることで、就業規則における労働条件等に関する定めが従業員の労働条件として反映されることになります。

労働条件に関する合意・規制と就業規則の優劣関係

従業員との労働条件に関して、契約内容と法的規制、就業規則と労働協約などどちらを優先すべきか悩む場面が出てくることがあります。
それぞれの優劣関係は以下のとおりですが、従業員の有利に解釈すれば誤らないという印象です。

第1順位 法規制
例 最低賃金を下回る労働条件の合意は無効
第2順位 労働協約
就業規則は労働協約に反してはならない
第3順位 就業規則
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効
第4順位 雇用契約
※ 労働協約または就業規則を上回る労働条件を定めることは可能

就業規則を変更する際の要件は?

就業規則を作成する場合と同様、会社は一方的に就業規則を変更することもできます。
会社は就業規則を変更することで従業員の労働条件を一方的に変更できるのでしょうか。

就業規則の変更内容が従業員に有利な場合

就業規則の変更内容が従業員にとって一律に有利に働く場合、就業規則の変更により従業員は不利益を受けることがないため、変更後の就業規則について周知の手続をとれば、会社は一方的に就業規則を変更することで従業員の労働条件を変更することができます。

就業規則の変更内容が従業員に不利な場合

就業規則の変更内容が従業員(またはその一部)にとって不利に働く場合、労働契約法は、会社は就業規則を変更することにより従業員の労働条件を引き下げることは原則としてできないとしつつも、当該変更が合理性を有する場合には、就業規則を従業員に不利益に変更することにより従業員の労働条件を引き下げることを認めています。

就業規則を従業員に不利益に変更することが合理的なものと認められるか否かは、以下の要素を総合的に考慮して行われます。
・就業規則の変更により従業員が受ける不利益の程度
・従業員の労働条件を不利益に変更する会社の必要性
・変更後の就業規則の記載内容の相当性
・従業員との交渉の程度
・その他、変更に至る諸事情

賃金や退職年限などを従業員の生活に直結する労働条件を不利益に変更しようとする場合には高度の必要性が要求されることになり、会社の経営状況、コストカットや従業員説明会の実施内容等が合理性判断の対象となります。
なお、周知が必要となるという部分は就業規則を有利に変更する場合と変わりません。

就業規則の作成を誰にサポートしてもらうか?

従業員の労働条件に関する就業規則の作成はその道のエキスパートである社会保険労務士の先生に依頼するという会社が大半ではないでしょうか。
確かに、社会保険労務士の先生は労働法関係の改正等に明るく、アップデートされた内容で個々の会社の実情に即した就業規則を作成していただける場合が多いと思います。

他方で、顧問の社会保険労務士の先生に就業規則を作成してもらったにもかかわらず労働問題に巻き込まれているという会社も多く存在します。
労働問題に巻き込まれた会社の就業規則を確認すると、規定がテンプレートのままとなっている、作成から時間が経ち実際の運用が就業規則に反映されていない等の問題が散見されます。

経験豊富な社会保険労務士の先生は別として、労働問題になったケースの経験が少ない先生の場合、就業規則のどの部分がリスクとなる(会社に不利に判断される可能性がある)のかというイメージを持たずに就業規則の作成を行っている場合があります。
労働問題としてメジャーな残業代請求事案や解雇無効事案では就業規則においてどのような定めをしているかが紛争の帰結に直結する重要なカギになることも多く、就業規則の定め方は非常に重要です。
労働問題になった際に対応するのは弁護士であるため、就業規則作成の段階において予め弁護士に相談をしておくことは有用かと思います。

まとめ

ここまで就業規則作成の基本と注意点について解説をしてきましたが、就業規則の作成は従業員の労働条件管理という面と将来の労働紛争予防という面の両面から非常に重要となります。
十分に機能する就業規則の作成にあたっては労務に詳しい専門家の関与が不可欠ですので、就業規則の作成でお悩みの場合には是非ご相談ください。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 吉田 竜二
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