退職勧奨は慎重に進めていかないと、後々違法な退職勧奨ということで紛争に発展する可能性があります。安易な退職勧奨は危険です。そこで本記事では、会社の経営者(使用者)が社員(従業員)に対して適法に退職勧奨を行う場合の進め方などについて、事例を交えながら、弁護士が解説していきます。

適法に退職勧奨を行う方法

退職勧奨とは

退職勧奨(たいしょくかんしょう)とは、会社から従業員に退職を促し、退職について従業員に同意してもらい、従業員から自主的に退職届を提出してもらい退職してもらうことです。端的に言えば、会社から従業員に対して任意に退職してもらうよう促す、説得する活動のことです。

法的な理屈としては、会社と労働者との合意により成立した雇用契約を、同じく会社と労働者とが、合意により終了させる合意解約であると理解できます。

退職勧奨と解雇の違い

解雇

従業員の同意なく、会社から一方的に雇用契約を終了させるものです。
決定権は会社にあります。

退職勧奨

上記のとおり、会社が従業員に対して、自主的な退職を求める方法です。
実際に退職するかどうかの決定権は、会社ではなく従業員側にあります。

以上のとおり、解雇と退職勧奨の違いは、従業員の同意があるかどうか(必要かどうか)という点にあります。

退職勧奨の必要条件

当然のことながら、退職勧奨において性別を理由に差別的な取扱いをすることは禁止されていますが(男女雇用機会均等法第6条4号)、それ以外には法律上、退職勧奨について前提条件等を設けている規定はありません。

そのため、成績が悪い従業員、協調性がない従業員、業務の指示に従わない従業員などのいわゆる問題社員に対し、会社が退職勧奨を行うことそれ自体は何の問題もなく、特に前提条件等は必要ありません。
そのため、方法さえ間違わずに正しく行えば、退職勧奨は違法とはなりません。

会社にとってのメリット

退職勧奨は、解雇に比べると、会社側の法的なリスクは少ないです。
上記にも述べたとおり、解雇は従業員の同意を得ずに一方的に行うものであるため、法的な制限も厳しく、また実務上も解雇無効等で争われてトラブルになることが多いです。
一方で退職勧奨については、解雇ほどの厳しい制限はありません。それは最終的に退職するかどうかの決定権が従業員側にあるからです。

退職勧奨の理由の例

企業が退職勧奨を行う理由はさまざまです。
主な例として、以下のようなケースがあります。

①勤務態度不良

業務上の指示に従わない、遅刻、欠勤等を繰り返す従業員に対して行うケースです。

②従業員の能力不足

ミスの頻発や顧客からの苦情、営業成績の不良等を理由とする退職勧奨です。

③信頼関係の喪失

機密情報の持ち出しや就業規則違反、上司や経営陣に対する誹謗中傷など、もはや雇用を継続するための信頼関係を築くことができないことを理由とするものです。

④周囲の同僚や上司とのトラブルの頻発

協調性が欠け、周囲とのトラブルが多い従業員に対する退職勧奨のケースです。部下に対するパワハラや、セクハラをする従業員に対する退職勧奨もこれに含まれます。

⑤経営上の事情

会社の経営難や、不採算部門の廃止、事業内容の転換などの事情で、人員整理を行う場合のものです。

違法な退職勧奨

違法なりうる具体的ケース

当然のことながら、退職勧奨の過程で、従業員に不当な心理的圧力を加えたり、従業員の名誉感情を不当に害するような発言をすることは、許されません。
これまで裁判所で違法と判断されたケースを基に考えると
① 社会通念上相当な程度を超えるほどに
② 不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を不当に害する言動を用いたりした場合

又は
③巧みな表現を使って、実際には退職を拒むことができるにもかかわらず、退職する以外に方法は無いと従業員に誤解させた場合
には、退職勧奨が違法なると考えられます。

例1:「退職届を出さなかったら解雇する」等と述べる
例2:退職に追い込むため、配置転換や仕事の取り上げを行う
例3:長時間多数回にわたり退職勧奨を行う

なお、退職勧奨がらみの労働審判や裁判では、従業員側から録音テープが証拠提出されることが多くありますので、会社としても、当然退職勧奨の場面は録音されているものとして、言動には細心の注意を払うことが必要です。
むしろ従業員から「不当な心理的圧力をかけられた」とか「名誉を傷つけるような暴言を吐かれた」という主張をされる可能性もゼロではないので、そのような場面で会社として反論できるよう、退職勧奨の内容について会社の方も録音しておくべきです。

退職勧奨が違法となった場合に会社が負う責任

退職勧奨が違法となった場合、会社はどのような責任を負うのでしょうか。

慰謝料

まず、退職勧奨が違法なものとして不法行為を構成する場合には、従業員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。この場合に従業員が負う損害とは、精神的苦痛に対する慰謝料が中心となるでしょう。

賃金

また、従業員が、違法な退職勧奨により退職の意思表示をせざるを得なかったとして、強迫や錯誤に基づき、当該退職の意思表示の取消しを求める可能性もあります。
従業員のこの主張が認められると、退職の意思表示はなかったことになるため、雇用契約が継続しているということになり、当初退職した時点以降の賃金も支払わなければいけない可能性があります。

違法とならない退職勧奨の方法

ポイント

適法に退職勧奨を行うためには、以下のポイントをおさえていただきたいと思います。
①事情説明や条件交渉など、その目的をはっきりさせる
②面談の回数が多くなり過ぎないようにする
③1回の面談時間が長くなり過ぎないようにする(数時間に及ばないようにする)
④面談は業務時間内に行う
⑤多数人での説得はできるだけ避け、多くても会社側は2人程度で行う
⑥紛争に備え、防衛策として面談状況を記録する(録音など)
⑦従業員を中傷したり、名誉を棄損したりするような発言をしない
⑧減給や、降格、事実上の地位剥奪となる出向など、不利益な措置を交渉材料としない
⑨相手が退職を明確に拒否した後は、説得は控える

その他、従業員が合意しやすいように条件を提示することも効果的です。
例えば、退職金の上乗せ、有給休暇を付加して与える(転職活動用)、再就職先のあっせん、転職エージェント利用の費用負担などがあり得ます。

注意点

退職勧奨はあくまで従業員に自発的に退職してもらうための働きかけですから、従業員がこれを明確に拒否した場合は、それ以上すすめることはできません。
もっとも、明確な拒否ではなく消極的な意思を表明した場合、直ちに何らの説得活動もできなくなるかというと、決してそういうわけではありません。
その従業員に対し、会社に在籍し続けた場合のデメリットや退職した場合のメリットを丁寧に説明したりすることによって、再検討や翻意を促したりすることは、適法に行える場合があります。

また、その従業員について、会社の解雇事由に該当する事情があれば、解雇という手段で辞めさせることもあり得ます。
たとえば、従業員に就労上の問題があるケースや、会社側に人員整理の必要が生じているケースなどです。

このように、労働者が退職勧奨に応じない場合、解雇をすることができるだけの理由があるような場合には、解雇をすることによって労働者を退職させることができます。
これに対して、解雇をする理由もなく、退職勧奨にも応じてもらえない場合には、労働者を退職させることはできません。

したがって、退職勧奨をする前に、解雇をすることができるだけの事情があるのかどうかよく確認し、これがない場合には、その段階で退職勧奨をするべきか、それとも指導や懲戒処分を行って解雇が有効となるだけの事実を積み上げてから退職勧奨をするべきなのかよく検討すべきです。場合によっては弁護士に相談するのも良いでしょう。

解雇をすることができるだけの事情がない状況で退職勧奨をする場合は、応じてもらえなければ退職させることはできないという前提で退職勧奨をする必要があります。

具体的な退職勧奨の手順

ここまでご説明した注意点を踏まえたうえで、退職勧奨の具体的な進め方について考察していきたいと思います。
必ずこのようにしなければならないというわけではありませんが、一般的には以下の流れになることが多いように思います。

① 退職勧奨の方針を社内で共有する

② 従業員を呼び出す

③ 従業員に退職してほしい旨会社の意向を伝える

④ 退職勧奨についての回答の期限を伝え、検討を促す

⑤ 退職の時期、金銭面の処遇などを話し合う

⑥ 退職届を提出してもらう

以下で順に解説したいと思います。

①退職勧奨の方針を社内で共有する

まず、対象の従業員に対し、退職勧奨を行うことについて、会社の幹部や本人の直属の上司などから意見を聴き、退職勧奨をする方針を社内で共有して理解を求めておく必要があります。
このように、会社一丸となって対応することにより、退職勧奨が社長個人の意向ではなく、会社の総意であることを対象従業員に示すことができます。

②従業員を呼び出す

退職勧奨は、会社の会議室などの個室で行った方が良いと思います。
他の従業員のいる前で行うことは、その従業員に対する名誉棄損になってしまう可能性があるためです。

③従業員に退職してほしい旨会社の意向を伝える

対象従業員に退職してほしいという会社の意向を伝えます。
具体的な内容・注意点については、上記のとおりです。

④退職勧奨についての回答の期限を伝え、検討を促す

退職勧奨についての回答を面談の場で即時に求めることは強引な印象が強く避けるべきでしょう。従業員に検討の時間を十分に与えるべきです。
また、家族を扶養している従業員の場合、家族にも相談しなければ回答できないことも多いでしょう。
そのため、退職してほしいという会社の意向を伝えた後は、再度の面談の期日を設けて、再度の面談までに回答するように、従業員に検討を促しましょう。

⑤退職の時期、金銭面の処遇などを話し合う

従業員が条件によっては退職に応じる意向を示した場合は、具体的な退職の時期や金銭面の処遇などを決めていくことになります。
退職する従業員の生活の不安が大きく、その点が退職に合意するうえでの支障となっているときは、退職に応じることを条件に一定の退職金や解決金を支給することも検討することが必要です。

⑥退職届を提出してもらう

退職勧奨の結果、退職の時期や金銭面の処遇について話し合いがまとまったときは、必ず、退職届を提出してもらいましょう。
退職届は、従業員が退職勧奨に応じて退職を承諾したこと、つまり、解雇ではないことを示す重要な証拠となりますので、必ず取得すべきものです。

退職勧奨に応じてもらえる有効策

対象の従業員が納得するために有効な手段としては、どのようなものが考えられるでしょうか。

経済的なもの(例えば解決金などの支払い)は確かに有効な手段ですが、それは最後の手段だと思います。
一番大切なのは、対象従業員が退職勧奨に納得するだけの事前対応を会社として実施しておくことだと思います。

能力不足のケース

例えば、対象従業員の能力不足を理由に退職勧奨を行う場合、業務についての問題点、改善が必要な点を明確に伝えて、繰り返し指導し、改善の機会を与えることが、必要な事前対応になります。
このような事前対応を行っておくことで、会社がいきなり退職勧奨に踏み切ったわけではないことが客観的に明らかになりますし、上司から明確に問題点を伝えて改善指導され、機会を与えられたのに改善できなかったというプロセスを踏むことによってはじめて、対象従業員としても、自身の能力が会社の求めるレベルに至らないことを自覚するに至る可能性もあります。
このように段階で退職勧奨を行えば、対象従業員としても退職することはやむを得ないと納得し、退職の合意を得られる可能性が高まります。

業務命令違反のケース

業務上の指示に従わない従業員についても、いきなり退職金や解決金を提示してやめてほしいという話をしても合意が得られる見込みは高くありません。
退職の合意を得やすくするためには、対象従業員が退職勧奨に納得するだけの事前対応をしておくことが必要です。

具体的には、まず、業務上の指示の趣旨について対象従業員に説明することが大切です。
そのうえで、それでも従わないときは、文書で明確な業務命令を出し、それでも指示に従わないときは懲戒処分の手続を行うというプロセスを踏んでおくと良いと思います。

そういったプロセスを踏むことにより、対象従業員としても、自分が自社で就業を続けても評価されないことを自覚するに至るかもしれません。
そして、この段階で、退職勧奨を行うことにより、対象従業員としても、退職することはやむを得ないと納得し、退職の合意を得られる可能性が高まります。

失業保険は会社都合退職として扱う

「会社都合退職として扱う」ことも従業員側にとってはメリットになりますので、退職勧奨が円滑に進む一つの有効策です。

退職勧奨時に必要な書面

退職届が必要なことは、上記にもすでに述べたところですが、それ以外にも「合意書」を作成できればなお良い場合があります。

合意書のポイント

退職にあたって従業員に金銭を支給する場合は、それが自社の他の従業員に伝わらないように、合意書を作成し、そこに第三者への口外を禁止する口外禁止条項を入れておくことも重要です。
問題社員にだけ会社が金銭を支給したということが他の従業員に知れれば、同じように退職時会社に金銭を請求してくる従業員が出てくるかもしれません。

また、合意書に退職後会社に対して一切の請求をしないことを約束させる条項を入れておくことも大切です。これを「清算条項」といいます。

さらに、会社と退職した従業員がお互いに誹謗中傷しないことを約束する条項も入れておくと良いかもしれません。「誹謗中傷禁止条項」といいます。
Googleのクチコミや対象社員自身のブログ、あるいはSNSなどで、会社に対する誹謗中傷の投稿がされることを防ぐために必要な条項です。

退職勧奨の前に弁護士に相談することも有効

以上、退職勧奨の方法や進め方の注意点などを解説してきました。
もっとも、実際に退職勧奨を行う際は、事前に企業の労働問題を扱っている弁護士に相談いただくのが間違いないと思います。
その理由は以下のとおりです。

①退職勧奨を一度行うと元には戻れない

退職勧奨を一度行うと、その従業員との信頼関係は決定的に壊れてしまい、場合によってはその後当該従業員が会社に対して非協力的、反抗的な態度をとることも少なくありません。
会社としては従業員が退職勧奨に応じず、解雇に進まざるを得なくなることもあります。
そのため、退職勧奨を行う前の段階で、解雇した場合のリスクの程度も検討しておくこと必要です。

また、特に、従業員の成績不良や勤務態度不良が主な退職勧奨の理由である場合、裁判所は、これらの点を指導することは会社の責任と考えていることに注意が必要です。
会社から十分な指導を行うことなく、退職勧奨を行い、さらに解雇に進んだ場合、会社の指導不足であるとして不当解雇と判断される可能性が高くなります。
退職勧奨を行う前に、それまでの会社の指導などの事前対応が十分であったかどうか、解雇に踏み切ったときのリスクがどの程度になるかを十分に検討しておくことが重要です。

②退職勧奨をきっかけに、退職強要トラブル、不当解雇トラブルに発展するケースが急増している

退職勧奨について退職強要に該当するとして、従業員から訴訟を起こされるケースがあります。
また最近では、退職勧奨をしたとたん、「不当解雇だ」などと主張され、不当解雇トラブルに発展するケースも増えています。
退職勧奨と解雇は紙一重ということもありますので、事前に「問題社員対応に強い弁護士」に相談し、事前の対応・準備をきちんと行っておくことが重要です。

③弁護士に相談することで進め方が明確になる

弁護士に相談することで、自社のケースにあった退職勧奨の進め方を事前に打ち合わせることができることも大きなメリットです。
このコラムでも、具体的な進め方などは解説してきましたが、実際に退職勧奨を成功させるためには、ケースに応じてより臨機応変に対応すべきケースもあります。
そこで弁護士に事前に相談することで、自社にあったベストな進め方が明確になります。

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グリーンリーフ法律事務所は、地元埼玉で30年以上の実績があり、各分野について専門チームを設けています。ご依頼を受けた場合、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。
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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 小野塚 直毅
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