懲戒解雇をした従業員に対し、退職金を支払わないと定めている会社が多いと思われます。しかし、それでも、元従業員から退職金を支払うよう請求されるおそれがあります。そもそも、退職金自体、法律上払わなければならない義務がありません。

退職金・退職手当の法的性格

裁判所の考え方~判例・裁判例上の判示~

退職金について、多くの方が、長年会社に勤めてきたことへの功労賞的性格のもの、従業員の老後の生活を保証するもの、といった、漠然としたイメージを持たれていることが多いのが実情と思われます。

判例・裁判例上、退職金の法的性質については、①賃金の後払的性格、②功労報酬的性格、といった2面の要素を兼ねたものであると考えられています(メトロコマース事件・最判令和2年10月13日民集第74巻7号1901号、ほか多数)。

会計学上の性質

退職給付に係る会計基準(退職金の会計処理のルール)策定にあたり、企業会計審議会から、「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」が平成10年6月16日、企業会計審議会から出されました。

「個別意見書は、退職給付の性格に関して、賃金後払説、功績報償説、生活保障説といったいくつかの考え方を示しつつ、「企業会計においては、退職給付は基本的に労働協約等に基づいて従業員が提供した労働の対価として支払われる賃金の後払いである」という考え方に立っている。退職給付の性格については、社会経済環境の変化等により実態上は様々な捉え方があるが、今般の会計基準の検討にあたっては、退職給付は基本的に勤務期間を通じた労働の提供に伴って発生するものと捉えることとした。」と結論付けられています。
つまり、会計学上は、退職金の性質に諸説あることを認めながらも、あくまで「労働の対価として支払われる賃金の後払い」という性質を前面に出したのです。

これを受け、平成11年9月14日、企業会計基準委員会から、「企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針」が発出されるに至りました。そして、「賃金の後払」という性質を踏まえ、毎期の会計処理にあたり、将来の退職金給付に備えて、退職金の積立て・運用などを踏まえた会計処理をすることが定められました。

退職金の支給根拠~労働基準法上退職金の支払は義務なのか~

労働基準法には直接の根拠はない

労働基準法上、退職金に関する直接の根拠規定はありません。退職金を支払うのかどうか、会社の裁量で決めて良いのです。

もっとも、退職金が、就業規則(及びその内容を定めた退職金規程)、労働契約、労働協約等において、支給条件等が明確に規定されている場合には、労働基準法上の「賃金」にあたります。そうすると、就業規則・労働契約・労働協約で退職金支給が定められることで、労働基準法の適用を受け、法律に基づく支払義務が生じることになります。

行政通達

労働基準法の施行に関する件(昭和22年9月13日・発基第17号・都道府県労働基準局長あて労働次官通達)
法第11条関係
(一)労働者に支給される物又は利益にして、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなすこと。
(二)右に掲げるものであつても、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなさないこと。
(三)退職金、結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金等の恩恵的給付は原則として賃金とみなさないこと。但し退職金、結婚手当等であつて労働協約、就業規則、労働契約等によつて予め支給条件の明確なものはこの限りでないこと。

判例(シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件、最判昭和48年1月19日民集第27巻1号27頁)

「本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、被上告会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法11条の「労働の対償」としての賃金は該当し、したがつて、その支払については、同法24条1項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。」

このように、退職金が「労働協約、就業規則、労働契約等によつて予め支給条件の明確なもの」「就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され」るものである場合には、労働基準法第11条の「賃金」に該当することになります。

そして、賃金とは、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものであり、名称の如何を問わない(労基法第11条)とされているため、結局、労働基準法上の支払義務が出てきてしまうことになります。

労使慣行に基づく退職金支払義務

退職金が、就業規則(及びその内容を定めた退職金規程)、労働契約、労働協約等に定められていなくても、退職金を労働者に支払うのが慣行となっている場合には、退職金支払義務が生じることがあります。

裁判例(キョーイクソフト事件・東京高判平成18年7月19日):肯定

「退職金規程は作成されていないが,退職金支給基準を内規で定め,少なくとも,昭和57年以降平成8年11月末日まで,従業員に対し,内規に定められた本件支給基準に従って退職金が支払われ,労使ともこの取扱いがされるものと認識されていたものと推認されるので,本件支給基準によって退職金が支給される旨の労使慣行が成立していたものと認められ,これは,退職金を支給する旨定めた就業規則の内容を補充,具体化するものとして,法的効力が認められるものというべきである。」

裁判例(東京地判平成27年6月23日):結論としては否定

「そもそも,労使慣行については,①労使慣行が長期間にわたって反復継続し,②当該労使慣行に対し労使双方が明示的に異議をとどめず,③当該労使慣行が労使双方に,特に使用者側で当該労働条件について決定権又は裁量権を有する者に規範として認識されていることを要すると解されている」

退職金の支給手続

会社は、①退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項について、労働契約の締結に際して明示し、②これらを就業規則に記載しなければなりません。

労働基準法第15条

第1項 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

労働基準法施行規則第5条

第五条 使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第1号の2に掲げる事項については期間の定めのある労働契約であつて当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第4号の2から第11号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
第4号の2 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

労働基準法第89条

常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
第3号の2 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

退職金の不支給・減額

就業規則において、従業員を懲戒解雇した場合には、退職金を支給しない旨定める会社が多いものと思われます。一般常識的に考えれば、それは当たり前であろうと考えられるのかもしれません。

しかし、冒頭に記載した、退職金の性質にさかのぼると、単純に結論付けることはできません。
退職金の性質である、①賃金の後払的性格、②功労報酬的性格、それぞれの両面からすると、退職金全額を不支給とすることはできないはずとなるのです。

功労報酬的な性格であれば、懲戒解雇事由にあたるような事情の存在により、功労が吹き飛び、退職金が支払われなくなるという結論は自然とも考えられます。

他方、賃金の後払的性格の面からすると、そう簡単には結論は出ません。退職金が、賃金の後払となると、いわゆる賃金の未払の状態となっているわけです。それにもかかわらず、懲戒解雇事由があるからといって、賃金の未払をそのままにして良いとは理屈が通らないのではないでしょうか。

仮に、当該従業員に懲戒解雇事由があり、会社に損害が生じたとすれば、会社が当該従業員に対して、損害賠償請求をすれば済む話です。そして、労働基準法第17条では、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」と定めており、会社の従業員への損害賠償請求権と、従業員の会社への退職金請求権(=賃金支払請求権)とを相殺することは許されないはずです。

裁判例上も、多くの裁判例において、退職金不支給規定の適用について、その適用範囲を限定して解釈しています。退職金不支給(減額)事由に該当する事実が認定できるとしても、直ちに不支給、減額が認められるわけではないと判示しているのです。

裁判例(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日労判867号5頁・判時1853号145頁)

「退職金支給規則に基づき,給与額及び勤続年数を基準として,支給条件が明確に規定されている場合には,その退職金は,賃金の後払い的な意味合いが強い。退職金が労働者の退職後の生活保障という意味合いをも有し,労働者が退職金の受給を見込んで、生活設計を立てている場合も多いことから,その期待を剥奪するには相当の合理的理由が必要である。したがって,本件不支給条項があるとしても,これによって全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。」

「このような事情がないにもかかわらず,会社と直接関係のない非違行為を理由に,退職金の全額を不支給とすることは,経済的にみて過酷な処分というべきであり,不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。」と判示している。

そして、事案の内容を踏まえて、
「本来支給されるべき退職金のうち,一定割合での支給が認められるべきである。」
「その具体的割合については,上述のような本件行為の性格,内容や,本件懲戒解雇に至った経緯,また,控訴人の過去の勤務態度等の諸事情に加え,とりわけ,過去の被控訴人における割合的な支給事例等をも考慮すれば,本来の退職金の支給額の3割である276万2535円であるとするのが相当である。」
と判示しました。

このように、退職金規程に懲戒解雇の場合には退職金不支給であることが定められていても、懲戒解雇処分をした従業員に対し、本来の退職金の支給額の3割についての支払を会社に命じたのです。

退職金の返還請求

退職金が支払われた「後」になって、当該元従業員の競業行為等が判明した場合に、会社は元従業員に対して退職金の返還請求をすることを認めた例があります。

裁判例(福井新聞社事件・福井地判昭和62年6月19日)

同業他社からの大量引き抜きが行なわれている状況下で、元従業員らが会社を退職し、同業他社に就職した事案です。
「被告らの退職は本件不支給規定に該当し、被告らは、本来、退職一時金の支給を受ける地位になかったものであるにもかかわらず、真の退職理由を秘して、それぞれ退職一時金の支給を受け、原告に右各退職一時金相当額の損失を与え、これを不当に利得したものといわざるを得ない。」
として、退職金相当額の不当利得返還請求について、全額の返還を認めた例です。

裁判例(第一紙業元従業員事件・東京地判平成28年1月15日)

原告(会社)が早期退職制度により退職し、退職給付を受けた被告(元従業員)に対し、競合避止義務に違反して競合行為を行ったなどと主張して、不法行為又は不当利得に基づき損害金又は利得金の支払を求めた事案です。

まず、競業避止義務違反につき「被告の競業行為は、在職中又は退職後の競業避止義務に反するものであり」「被告の行為は高度の非違性を有するものであって競業避止義務に反する」ことを認定しました。

原告では、早期退職制度として、割増退職金の支給等の優遇された退職給付を付与する制度を設けていました。被告(元従業員)らは、原告の早期退職金制度を利用し、割増退職金の支給を受けました。

ただし、原告では、「背信的行為を行った応募者に対しては本件早期退職制度における優遇措置を享受させるべきではないとの趣旨から,適用除外事由が定められて」おり、「適用除外事由は,それが存在する場合には退職給付を支給しない旨を定める」ものでした。

そこで、「本件早期退職制度の適用決定を受け,同制度に基づき退職した従業員に対し,退職給付が支給された場合,適用除外事由が退職後に判明した場合には,退職給付の返還を求めることができる旨の規定がある場合には,上記規定に基づいて退職給付の返還を求めることができることは当然のこととして,上記のような退職金返還規定がない場合であっても,適用除外事由がある場合には退職給付を支給しない旨の規定があれば,同制度に基づく退職給付請求権は発生していないこととなるから,当該退職者は,本件早期退職制度に基づき発生する退職給付請求権を有する地位にないにもかかわらず,同制度に基づく退職給付の支給を受けたと評価できるから,当該退職給付を受けたことについて,法律上の原因がないと解するのが,相当である。」と判示し、普通退職金部分以外の早期退職割増退職金部分について不当利得返還請求権を認め、元従業員に対して、当該割増退職金部分の会社への返還を認めました。

以上の通り、退職後であっても、一定の場合には個別具体的事案にもよりますが、既払退職金の返還を認める裁判例が見受けられます。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 平栗 丈嗣
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