
経営者にとって、人件費の管理は事業継続における重要事項の一つですが、意図せずに「未払い残業代」のリスクを抱えてしまうケースが後を絶ちません。
特に判断を誤りやすいのが、「自宅や寮での生活や事務所での待機時間が労働時間にあたるのか」という判断、そして「固定残業代を払っているから大丈夫」という過信です。本稿では、判例や法的解釈に基づき、経営者が直面しやすいこれらの問題を解説します。
「労働時間」とは何か?——客観的な指揮命令の有無

まず、法律上の「労働時間」の定義ですが、最高裁の判例(三菱重工長崎造船所事件など)によれば、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。これは、就業規則にどう書かれているかではなく、実態として「自由が制限されているか」という客観的な状況で判断されます。
自宅や寮での自由時間や就寝時間は労働時間か?
結論から言えば、単に自宅や寮で生活したり就寝したりしている時間は、原則として労働時間には含まれません。 しかし、例外があります。それは、寮に居ること自体が業務の一環であり、「何かあったらすぐに対応せよ」という義務が課されている場合です。これを「手待ち時間」と呼びます。
- 労働時間にならないケース: 完全にプライベートな時間であり、外出も自由で、緊急呼び出しの義務もない場合。
- 労働時間(手待ち時間)とみなされるケース: 自宅や寮からの外出の制限があったり、電話が鳴ったら5分以内に作業を開始してくださいといった行動の制約があり、実際に頻繁に対応が発生している場合。
特に住み込みの管理人や、災害対応のために待機を命じられている職種では、就寝中であっても「実作業に従事していないだけで、使用者の指揮命令下にある」と判断され、労働時間としてカウントされるリスクがあります。
事務所での「手待ち時間」は労働時間か?
事務所で「客が来るまで座って待っている」「次の指示があるまでスマホを触って待機している」といった時間は、労働時間(手待ち時間)とみなされます。
経営者側からすれば「何もしていない時間に対して給料を払いたくない」という感情が湧くのは理解できますが、法的には「いつでも業務に取り掛かれる状態で待機していること」自体が労働の一部です。これを休憩時間として扱うためには、労働者が業務から完全に解放され、自由に外出や利用ができる状態を保証しなければなりません。
固定残業代(みなし残業代)の問題点

多くの企業が導入している「固定残業代制度」ですが、運用方法を誤解していると、多額の未払い請求を受けることになります。
固定残業代を理由に残業代請求を減額できるか?
適正に運用されていれば減額は可能ですが、そうでなければ減額が認められない可能性があります。
裁判所が固定残業代を有効と認めるには、以下の要件をクリアしている必要があります。
- 判別可能性: 基本給と固定残業代が明確に区分されていること。
- 対価性: その手当が「時間外労働の対価」として支払われていること。
経営者が陥りやすい失敗パターン
例えば、「月給30万円(固定残業代含む)」とだけ雇用契約書に記載しているケースは非常に危険です。これでは「固定残業代がいくらなのか」が不明瞭であり、裁判では「30万円すべてが基本給」とみなされる可能性が高いです。
その場合、計算の基礎となる単価が上がり、さらにその上に1.25倍の残業代を別途支払うよう命じられます。つまり、既に払ったはずの固定残業代が、単なる基本給の上乗せとして処理され、残業代から減額されないという最悪の事態を招きます。
実務上の対策:リスクを最小化するために

経営者が今すぐ確認すべきチェックリストをまとめました。
待機作業の管理
- 「休憩」と「待機時間」を明確に分ける: 休憩時間中は電話番や来客対応を一切禁止し、必要であれば「休憩中」の看板を出すなどして完全に労働から解放してください。
- 監視・断続的業務に従事する者に関する労働基準監督署の許可:「監視労働」とは、一定の部署にあって監視することを本来の業務とし、常態として身体又は精神的緊張の少なり労働を言います。「断続的労働」とは、実作業が間欠的に行われて手待ち時間の多い労働のことで、手待ち時間が実作業労働時間を超えるか又はそれと等しいことが目安とされています。こうした労働に従事する者については、労働基準監督署の許可を受けることにより、労働基準法に定める労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用を除外することができます。
固定残業代の再点検
雇用契約書において 「固定残業手当(○時間分):○円」と明記されているか確認してください。固定残業代の金額が示されていれば、何時間分の対価であるのかの明示が無くても、通常の労働時間に当たる部分と割増賃金に当たる部分の判別が可能であるため、固定残業代の支払いによる残業代の減額が可能となる可能性はありますが、金額と何時間分の対価であるのかの両方を明示することが望ましいとされています。
結びに代えて

残業代問題は、一度火がつくと他の従業員へ波及し、労働基準監督署の調査や高額な付加金の支払い、さらには企業のレピュテーション(評判)低下を招く「経営リスクそのもの」です。
「労働時間」を厳密に定義し、「固定残業代」を正しく運用することは、従業員を守るだけでなく、会社を守るための強力な防衛策となります。そのため、専門家と共に点検されることを強くお勧めします。
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